シドニーのDavidson Highschoolの日本人留学生とSKYPEを繋いでお話しました

まいどどーも、発音トレーナーのDr.Dです。

先日面白い機会がありました。

 

シドニー郊外にあるDavidson Highschoolに

留学中の日本人のみんなと

スカイプを繋いでお話しました。

 

この学校は私も高校時代に留学していた所。

もう20年も前ですが、

それがつい昨日の事のように思えました。

 

今回は今留学中のみんなの悩み相談の様な形で、

いろいろお話させてもらいましたが、

私自身もみんなから大きなパワーを貰うことが出来ました。

やっぱり10代のエネルギーって凄いですね。

 

楽しい機会をありがとう!

ICET

ちなみにこの留学プログラムは今から20年ほど前に始まったもので、高校3年間のうちの1年を海外の姉妹校で過ごすというものです。それも英語科の生徒は全員このプログラムに参加することが前提となっています。ちなみに私がこの英語科の2期生でした。

そして英語科の全員が高1の途中から留学するのですが、語学学校などではなく、普通のオーストラリアのローカルな高校に入ります。なので授業なども勿論すべて英語です。いきなり英語で全教科をやることになるわけです。

当時日本にはまだこういった高校生の留学プログラムはなく、私の母校がこういう交換留学システムを始めたそうですが、当時は高校で長期留学なんて早過ぎるというのが一般的な意見でした。15、16歳で親元を離れて、オーストラリア人の家庭に1年ホームステイし、現地の学校に通うなんてのは、当時の感覚ではよほどのチャレンジだったのでしょう。

なので英語科の生徒はサバイバル精神とコミュニケーション能力が必要なのです。そういう資質をもった子たちが西日本各地から30名だけ選ばれてこの英語科に入学するわけです。いくら成績が良くても落ちる人は落ちます。20年前の当時の高校入試で、社会問題を取り上げた英語でのグループディスカッションがあったくらいですから、当時かなり先を行っている学校だったんだなと今そう思います。

なのでクラスメイトはとにかくみんなキャラが濃かったですね。みんな自己主張が激しいわ激しいわ。学校の方針も「権利と責任の上に成り立つ個人の自由」を尊重したものでしたので、かなり伸び伸びとした高校生活だった気がします。

そんな子たちの将来を危惧する声が沢山ありました。そういうのは当時の右に倣えの日本社会では、皆はみ出し者としてあまり受け入れてもらえません。

でもそんな心配には及びませんでしたね。そんな事はものともせずに自分の信じた道を突き進む行動力、探究心、視野、信念など、色々持ちあわせていますから、みんな立派に逞しくそれぞれの道を生きています。そして私もこの経験が今の生き方の基礎を築いてくれていると有り難く思っています。

 

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Dr.D

Dr.D

代表発音トレーナードクターDイングリッシュ

英語の「発声」と「リズム」を専門としたオンライン発音トレーナーで「英語の声になれる本(KADOKAWA出版)」の著者。「発声トレーニング」を使った独特の指導法で2011年の開業以来、1500名以上の受講者に対し直接指導を行っている。10回〜20回の指導で英語らしい発音に変える事が出来る。

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